脳卒中後遺症 移乗動作改善 自宅で取り組むリハビリ
脳卒中後遺症をお持ちの方にとって、ベッドから椅子へ、椅子からトイレへといった「移乗動作」は、日常生活の自立度や活動範囲に大きく関わる重要な動作です。しかし、麻痺やバランス能力の低下により、移乗に不安を感じたり、難しさを抱えたりする方も少なくありません。
この記事では、脳卒中後遺症による移乗動作の改善を目指し、ご自宅で安全かつ効果的に取り組めるリハビリの考え方と具体的な訓練方法をご紹介します。ご自身の症状や体力に合わせて、無理なく継続できる方法を見つける一助となれば幸いです。
移乗動作の重要性と自宅リハビリの意義
移乗動作は、私たちが生活する上で頻繁に行う基本動作の一つです。これがスムーズに行えるようになると、室内での移動が楽になり、トイレや入浴、食事など、様々な生活行為への参加が可能になります。
病院やリハビリ施設での訓練はもちろん重要ですが、退院後にご自宅で継続して取り組むことで、より実際の生活に近い環境での練習ができ、獲得した能力を日常生活の中で定着させやすくなります。時間や場所の制約が少ない自宅リハビリは、継続的な機能回復と生活の質の向上に繋がる可能性を秘めています。
移乗動作に必要な要素と脳卒中後遺症での課題
安全で安定した移乗動作を行うためには、いくつかの要素が連携して働く必要があります。
- 筋力: 立ち上がる、体を支えるための下肢や体幹の筋力。
- バランス能力: 体の重心をコントロールし、姿勢を保つ能力。
- 協調性: 複数の関節や筋肉を滑らかに連動させる能力。
- 認知機能: 状況を判断し、動作の順序を計画・実行する能力。
脳卒中後遺症では、麻痺による筋力低下や協調運動障害、感覚障害、あるいは注意障害や遂行機能障害といった高次脳機能障害により、これらの要素の一部または全てに課題が生じることがあります。例えば、麻痺側を下にして立ち上がるのが難しかったり、非麻痺側の手足で体を支えようとしてもバランスが不安定になったりします。
自宅でできる移乗動作の基本訓練
ここからは、移乗動作の改善に繋がる基本的な訓練メニューをご紹介します。これらの訓練は、安全を確保した上で、可能であれば専門家(理学療法士、作業療法士など)に相談しながら実施することをお勧めします。
1. 座位バランス訓練
椅子に座った姿勢で、安定性を高める訓練です。移乗の準備段階として重要です。
- 方法:
- 椅子に深く座り、足の裏を床につけます。
- 背筋を伸ばし、リラックスした姿勢をとります。
- 両手を膝の上に置き、そのまま数秒間姿勢を保持します。
- 慣れてきたら、手を離して姿勢を保持する時間を長くしたり、少しだけ体を前後に揺らしたり、左右に重心を移動させたりします。
- 安全のために、不安定な場合は壁や机に手をついたり、誰かに補助してもらったりします。
- 目安: 1回1〜3分、1日数回。
2. 立ち上がり・座り動作の反復訓練
移乗動作の中心となる立ち上がりと座る動作を繰り返し練習します。
- 方法:
- 安定した、適切な高さの椅子(少し高めから始めると楽です)に座ります。
- 足を肩幅程度に開き、足の裏全体を床につけます。麻痺がある場合は、麻痺側の足を少し後ろに引くと立ち上がりやすくなることがあります(専門家に相談してください)。
- 体を少し前に傾け、お尻を浮かせます。可能であれば完全に立ち上がります。
- ゆっくりとコントロールしながら椅子に座ります。
- 安全のために、前に机を置いたり、手すりを使ったりしながら行います。
- 目安: 5〜10回を1セットとして、1日2〜3セット。
3. ベッド上での寝返り・起き上がり訓練
ベッドから椅子などへの移乗の基本となる動作です。
- 方法(麻痺側を下に寝返る場合の一例):
- 仰向けになり、麻痺側の腕を体の横に置きます。非麻痺側の手でベッド柵や手すりを掴みます。
- 非麻痺側の膝を立て、麻痺側の足の膝裏に非麻痺側の足裏をかけます(可能であれば)。
- 非麻痺側の手と足を使い、体を麻痺側へひねるようにして寝返ります。
- 方法(ベッド上での起き上がり):
- 横向きになり、肘と手を使って体を支えながら起き上がります。
- 非麻痺側の手でベッドを押し、麻痺側の手も可能であれば使いながら、ゆっくりと上体を起こします。同時に、足をベッドの端から下ろします。
- 目安: 各動作を5〜10回繰り返します。
具体的な移乗場面別の訓練メニュー
上記の基本訓練に加え、特定の場面での移乗を想定した練習を行います。それぞれの場面で、家具の配置や補助具の活用も重要になります。
1. ベッドから椅子への移乗
- ポイント: 椅子をベッドの横、移乗したい方向にできるだけ近づけて置きます。ベッドの高さを調整できる場合は、椅子より少し高めにすると移乗しやすくなります。
- 訓練:
- ベッドの端に座り、足の裏を床につけます。
- 椅子を手で確認し、安全な位置にあることを確認します。
- 基本の立ち上がり・座り訓練を応用し、椅子に乗り移る練習をします。麻痺側への注意(麻痺側をぶつけないなど)が重要です。
2. 椅子からトイレへの移乗
- ポイント: トイレには手すりの設置を検討します。ポータブルトイレを使用する場合は、安定した場所に設置します。
- 訓練:
- トイレの手すりや壁などを使い、安全に立ち上がる練習をします。
- 方向転換(旋回)して、便座にゆっくりと座る練習をします。狭い空間での動作となるため、繰り返し練習し、安全な体の向きや手の置き方を確認します。
3. 椅子から車椅子への移乗
- ポイント: 車椅子のブレーキを確実にかけ、フットレストを上げておきます。移乗ボードなどの補助具が有効な場合があります。
- 訓練:
- 車椅子を移乗したい方向の椅子(またはベッド)にできるだけ近づけ、ロックします。
- 立ち上がってから方向転換して車椅子に座る方法と、移乗ボードを使って滑らせるように移る方法があります。ご自身の状態や介助者の有無によって最適な方法が異なりますので、専門家に相談しながら練習します。
効果を高めるためのポイントと注意点
- 安全第一: 転倒予防が最も重要です。不安定な場所での練習は避け、必ず安全な環境で行ってください。必要に応じて、滑り止めのマットを使用したり、介助者に近くで見守ってもらったりします。
- 補助具の活用: 手すり、移乗ボード、回転クッション、高さ調整可能な椅子など、様々な補助具があります。これらを適切に活用することで、安全性が高まり、動作が楽になります。専門職に相談し、ご自身に合ったものを選びましょう。
- 環境整備: 練習する場所の床に物を置かない、十分なスペースを確保するなど、安全に配慮した環境を整えます。
- 反復練習: 毎日少しずつでも良いので、繰り返し練習することが能力向上に繋がります。
- 疲労管理: 体調が優れない時や疲れている時は無理せず休息します。疲労は集中力の低下を招き、転倒のリスクを高めます。
- 専門家との連携: 自宅リハビリの内容や進め方については、必ず専門家(医師、理学療法士、作業療法士など)に相談し、指導を受けるようにしてください。個々の症状や能力に合わせたアドバイスは、自宅リハビリの効果を大きく左右します。
- 家族の協力: 家族の方がリハビリ内容を理解し、安全確保や必要時の介助方法を知っておくことも重要です。
症状に合わせたバリエーション
- 麻痺が重度の場合: 完全に立ち上がることが難しければ、まずは座ったままで重心移動の練習を重点的に行います。ベッドから車椅子への移乗は、移乗ボードやリフトなどの活用を検討します。介助者がいる場合は、安全な介助方法を専門家から指導してもらいます。
- 感覚障害がある場合: 足の位置や力の入れ具合が分かりにくいことがあります。鏡を見て姿勢を確認したり、声を出しながら動作したりするなどの工夫が有効な場合があります。
- 高次脳機能障害(注意障害、遂行機能障害など)がある場合: 動作の途中で手順が分からなくなったり、他のことに気が取られたりすることがあります。移乗の手順を紙に書き出したり、一つ一つの動作を声に出して確認したり、介助者に声かけで誘導してもらったりするなどの対策を講じます。
自宅リハビリにおける注意点
本記事で紹介する内容は、一般的な情報提供を目的としています。ご自身の病状や身体の状態は一人ひとり異なります。自宅でのリハビリは、必ず医師やリハビリテーション専門職(理学療法士、作業療法士、言語聴覚士など)の指導のもと、安全に十分配慮して行ってください。
体調に異変を感じた場合や、訓練中に痛みが増すなど症状が悪化する場合は、直ちに中止し、必ず医療機関にご相談ください。本記事の情報に基づいて行われたリハビリによって生じたいかなる損害についても、当サイトは一切の責任を負いかねますことをご了承ください。
まとめ
移乗動作の改善は、脳卒中後遺症からの社会復帰や自立した生活を送る上で非常に重要なステップです。ご自宅でのリハビリは、日々の生活の中に訓練を取り入れ、継続していくための有効な手段となります。
ご紹介した基本的な訓練や具体的な場面別の練習は、あくまで一例です。ご自身の体の状態や目標に合わせて、専門家と相談しながら最適な方法を選択し、安全に配慮しながら根気強く取り組んでいきましょう。日々の小さな積み重ねが、より安全でスムーズな移乗動作、そして豊かな生活へと繋がっていくはずです。