脳卒中後遺症 嚥下障害の自宅リハビリ 安全なトレーニングと食事の工夫
脳卒中後遺症による嚥下障害と自宅リハビリの重要性
脳卒中の後遺症として嚥下(えんげ)障害が現れることがあります。嚥下障害とは、食べ物や飲み物をうまく飲み込めなくなる状態を指し、これにより栄養摂取が困難になったり、誤嚥(ごえん:飲食物が誤って気管に入ること)による肺炎のリスクが高まったりと、日常生活に大きな影響を及ぼします。
嚥下機能の回復には、専門家によるリハビリテーションが不可欠です。病院や施設でのリハビリに加えて、ご自宅で継続的にリハビリを行うことが、機能維持・向上にとって非常に重要となります。この記事では、脳卒中後遺症による嚥下障害をお持ちの方が、ご自宅で安全に取り組めるリハビリテーションの方法や、食事に関する工夫についてご紹介します。
ご注意: ここでご紹介する内容は一般的な情報であり、個々の症状や状態によって適した方法は異なります。必ず医療機関やリハビリ専門職(医師、歯科医師、言語聴覚士など)の指導の下で実践してください。安全なリハビリのためにも、専門家にご相談されることを強く推奨します。
自宅でできる嚥下機能トレーニング
嚥下機能に関わる筋肉や神経に働きかけるトレーニングは、ご自宅でも比較的簡単に行うことができます。無理のない範囲で、毎日継続することが大切です。
1. 嚥下体操
嚥下体操は、食べる前に口腔や頸部の筋肉を準備するための体操です。誤嚥予防にも繋がります。
- 首の運動:
- 首をゆっくり前後に倒します(数回)。
- 首をゆっくり左右に倒します(数回)。
- 首をゆっくり左右に回します(数回)。
- ポイント: 痛みを感じない範囲で行います。
- 肩の運動:
- 肩をゆっくり上げ下ろしします(数回)。
- 肩を前回し、後ろ回しします(数回)。
- ポイント: リラックスして行います。
- 口の運動:
- 唇をすぼめたり、横に引いたりします(数回)。
- 頬を膨らませたり、すぼめたりします(数回)。
- 舌を前に突き出したり、引っ込めたりします(数回)。
- 舌を左右に動かしたり、上下に動かしたりします(数回)。
- 舌で歯ぐきをなぞります(数回)。
- ポイント: 大きく動かすことを意識します。
- 発声練習:
- 「あー」「いー」「うー」「えー」「おー」と声を出します。
- 「パ」「タ」「カ」「ラ」と繰り返し発声します。
- ポイント: はっきりした声で、それぞれの音を意識して発声します。
2. 嚥下関連筋のトレーニング
特定の筋肉を鍛えることで、嚥下機能を改善する効果が期待できます。専門家の指導を受けながら、ご自身に合った方法を取り入れてください。
- 咳ばらい(咳嗽訓練):
- 意識的に「ゴホン」と強く咳ばらいをします。これは、気管に入りそうになった異物を外に出す力を鍛える訓練です。
- ポイント: 息をしっかり吸い込み、お腹に力を入れて行います。疲れている時は無理せず行います。
- シャム訓練 (Shaker Exercise):
- 椅子に座り、肩をつけたまま、あごを引くように頭だけを持ち上げて、つま先を見るようにします。数秒間保持し、ゆっくり戻します。
- ポイント: これは頸部筋を鍛える訓練ですが、首に痛みがある方や、専門家の指導なしに行うのは避けてください。
- 仮性声門閉鎖訓練:
- 息を吸い込み、声門を閉じたままお腹に力を入れ、「うんっ」と息をこらえるような動作をします。
- ポイント: 正しい方法で行わないと効果が得られなかったり、体に負担がかかったりするため、必ず専門家の指導を受けてください。
これらのトレーニングは、一日に数回、短い時間で行うことも可能です。例えば、嚥下体操は食事前に行う習慣をつけるなど、生活の中に無理なく組み込む工夫をしてみましょう。
安全にリハビリを行うための注意点
自宅での嚥下リハビリを安全に行うためには、いくつかの注意点があります。
- 体調の良い時に行う: 発熱や疲労があるときは無理に行わず、休息を優先してください。
- 安全な場所で行う: 転倒の危険がない、落ち着いた環境で行います。
- 一人で行わない工夫: 可能であれば、ご家族などに見守ってもらいながら行うとより安全です。難しい場合は、トレーニング中に体調が悪くなった場合に助けを呼べるよう、携帯電話などを手元に置いておくと安心です。
- 誤嚥に注意: トレーニング中に飲食物が気管に入りそうになったり、むせたりした場合は、すぐに中止してください。
- 痛みを伴う場合は中止: トレーニング中に痛みを感じた場合は、すぐに中止し、専門家にご相談ください。
- 指導された内容を厳守: 専門家から指導された回数、時間、方法を正確に行ってください。自己判断での過度な訓練は危険を伴う場合があります。
食事に関する工夫
安全に食事を摂ることは、嚥下障害のある方にとって非常に重要です。ご自宅での食事でできる工夫をご紹介します。
1. 食事の環境を整える
- 姿勢: 椅子に深く腰かけ、足の裏を床につけ、背筋を伸ばします。あごを軽く引いた姿勢(やや前かがみ)で食べると、誤嚥しにくくなります。ベッド上であれば、リクライニングを最大限に起こし、体を安定させます。
- 集中: 食事中はテレビを消すなど、気が散るものを避け、食べることに集中できる環境を作ります。
- 一口量: 一度に口に運ぶ量を少量にします。
2. 食事の形態を調整する
嚥下機能の状態に合わせて、食べ物の硬さ、大きさ、まとまりやすさ、粘度などを調整します。
- 硬さ: 軟らかく調理します。煮込み時間を長くしたり、食材を細かく刻んだり、ミキサーにかけたりします。
- 大きさ: 食材を小さく切ったり、ペースト状にしたりします。
- まとまりやすさ: 口の中でバラバラになりやすいもの(例: ひき肉、葉物野菜、パサつくパンなど)は避け、まとまりやすいもの(例: ゼリー、プリン、ムース、とろみのあるスープなど)を選びます。
- 粘度: 水分はサラサラしていると誤嚥しやすいため、必要に応じてトロミ剤を使用して適切な粘度に調整します。専門家から適切なトロミのつけ方について指導を受けてください。
3. 食事内容の工夫
- 避けるべき食品:
- パサパサするもの(パンの耳、カステラなど)
- 口の中でバラバラになるもの(ひき肉、豆類、繊維の多い野菜など)
- くっつきやすいもの(餅、だんご、のりなど)
- 酸味や辛味の強いもの(むせやすい)
- 固いもの、大きいもの
- 摂りやすい食品:
- ゼリー、プリン、ムース
- ヨーグルト
- ポタージュスープ、とろみのついたスープ
- お粥、軟らかく煮たうどん
- 軟らかく煮た魚、豆腐、卵料理(茶碗蒸しなど)
- 刻み野菜、ペースト状の野菜
- トロミをつけた飲み物
4. 食べ方の工夫
- ゆっくりと: 急がず、自分のペースでゆっくり食べます。
- 一口ごとに飲み込む: 口の中のものがなくなってから、次の一口を運びます。
- むせやすい場合は嚥下方法を工夫: 専門家から教わった嚥下方法(例: 交互嚥下:固形物と液体を交互に摂る、反復嚥下:一口を複数回に分けて飲み込むなど)を実践します。
まとめ
脳卒中後遺症による嚥下障害に対するご自宅でのリハビリテーションは、機能維持・向上と安全な食生活のために非常に重要です。嚥下体操や嚥下関連筋のトレーニングは、毎日少しずつでも継続することで効果が期待できます。また、食事の環境整備や形態・内容の工夫、安全な食べ方を実践することも、誤嚥を防ぎ、安心して食事を摂るために欠かせません。
これらの取り組みは、専門家(医師、歯科医師、言語聴覚士など)の適切な評価と指導があって初めて安全かつ効果的に行えます。自己判断せず、必ず専門家にご相談の上、ご自身の状態に合わせた自宅リハビリと食事管理を進めてください。ご自宅での継続的な取り組みが、より良い日常生活に繋がることを願っています。