脳卒中後遺症 バランス機能向上のための自宅リハビリメニュー
はじめに
脳卒中の後遺症により、バランス能力に課題を感じている方は少なくありません。バランス機能の低下は、立ち上がりや歩行の不安定さにつながり、日常生活での転倒リスクを高める可能性があります。自宅でのリハビリにおいてバランス訓練を取り入れることは、活動範囲の拡大や転倒予防のために非常に重要です。
このページでは、脳卒中後遺症をお持ちの方が自宅で安全に取り組める、バランス機能向上のためのリハビリメニューをご紹介します。ご自身の体の状態に合わせ、無理のない範囲で継続して取り組むことが大切です。
バランス機能とは
バランス機能は、体の重心を支持基底面(立っている面など、体を支えている範囲)の中に保つ能力です。この機能は、複数の感覚情報(視覚、体性感覚、前庭覚など)と、それらを統合して適切な筋肉を働かせる運動機能によって成り立っています。
脳卒中によりこれらの機能の一部が障害されると、バランスが不安定になりやすくなります。自宅でのバランス訓練は、残された機能を最大限に活用し、バランスを保つための体の使い方を再学習することを目的とします。
自宅でできるバランス訓練の基本原則
自宅でバランス訓練を行う際には、以下の点を心がけましょう。
- 安全確保を最優先にする: 転倒しないように、必ず壁や手すりの近く、または安定した椅子のそばで行ってください。介助者がいる場合は、そばについてもらうとより安全です。
- 無理のない範囲で始める: 最初は簡単で安定した運動から始め、慣れてきたら徐々に難易度を上げていきます。痛みを感じる場合はすぐに中止してください。
- 集中して行う: テレビを見ながらなど「ながら運動」も可能ですが、バランス訓練においては、体の感覚や重心の位置に意識を集中して行う方が効果的です。
- 毎日継続する: 短時間でも良いので、毎日継続することが機能改善への近道です。隙間時間を見つけて取り組むことをお勧めします。
バランス機能向上のための自宅リハビリメニュー
ここでは、いくつかのバランス訓練メニューを難易度別に紹介します。ご自身の体の状態に合わせて選択してください。
レベル1:座ってできるバランス訓練
主に体幹の安定性を高め、座った姿勢でのバランス感覚を養います。
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座位での重心移動:
- 安定した椅子に深く腰掛け、足の裏を床につけます。
- 背筋を軽く伸ばし、体を左右、前後、円を描くようにゆっくりと傾けます。
- 体幹を意識し、倒れないようにコントロールします。
- 各方向へ5回ずつ程度行います。
- 慣れてきたら、目を閉じて行ってみるのも良いでしょう(安全に注意)。
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座位での片足上げ:
- 椅子に座ったまま、片方の足を軽く床から浮かせます。
- 座った姿勢が崩れないように、体幹で安定を保ちます。
- 数秒キープし、ゆっくりと足を下ろします。左右交互に5回ずつ程度行います。
- 足を高く上げる必要はありません。座った姿勢が安定することが目的です。
レベル2:立ってできる基本的なバランス訓練
安定した場所(壁や手すりの近く)で行います。
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立位での重心移動:
- 壁や手すりの近くに立ち、必要であれば軽く支えます。
- 足を肩幅程度に開いて立ちます。
- 体を左右、前後へゆっくりと傾け、片方の足や前足に重心を移動させます。
- 倒れないように、足の裏全体で床を感じながら行います。
- 各方向へ5回ずつ程度行います。
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閉脚立位(足を閉じて立つ):
- 壁や手すりの近くに立ち、足を閉じて揃えます。
- 壁や手すりにいつでも掴まれるようにしつつ、可能な範囲で支えなしで立ちます。
- まずは10秒キープを目指し、慣れてきたら時間を伸ばしていきます。
- 不安な場合は、壁に手をついたまま行うことから始めます。
レベル3:少し不安定な中でのバランス訓練
レベル1、2に慣れてきたら挑戦します。安全確保を徹底してください。
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タンデムスタンス(継ぎ足立位):
- 壁や手すりの近くに立ち、片方の足のつま先をもう片方の足のかかとの前につけて、縦一列に足を並べて立ちます。
- 可能な範囲で支えなしで、数秒キープします。
- 左右の足を入れ替えて行います。
- 短い時間から始め、徐々に時間を伸ばします。不安な場合は、壁に手をついて行うか、足を完全に閉じずに少し隙間を開けることから始めます。
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片足立ち:
- 壁や手すりの近くに立ち、片方の足を床から少し浮かせます。
- 上げた足は軽く曲げ、バランスを崩さないように立ちます。
- 最初は数秒キープから始め、徐々に時間を伸ばします(例:5秒、10秒)。
- 壁や手すりにいつでも掴まれるように、安全に注意して行います。
- 左右交互に行います。
症状や進行度によるバリエーションの考え方
- 麻痺側への意識: 麻痺側への体重の乗せ方、感覚を意識しながら行うことで、より効果が期待できます。
- 支持基底面を狭くする: 立位訓練で足を閉じる、タンデムスタンスにする、片足立ちにするなど、支持基底面を狭くすることで難易度が上がります。
- 視覚情報を制限する: 慣れてきたら、壁や手すりから手を離したり、可能であれば目を閉じて行ったりすることで、体性感覚や前庭覚からの情報に頼る訓練になり、バランス能力の向上につながります(ただし、非常に危険を伴うため、必ず安全を確保できる環境で行ってください)。
- 外部からの刺激を加える: 介助者に軽く押してもらう(不安定にさせる)なども訓練になりますが、これは専門家の指導の下、安全に行うべきです。自宅で個人で行う場合は、無理な刺激は避けてください。
自宅でのバランス訓練に役立つ機器・グッズ
自宅でのバランス訓練をサポートする様々な機器やグッズがあります。
- 手すり: 廊下やトイレ、浴室など、移動する場所や訓練を行う場所に設置すると、安全性が高まります。据え置き型の手すりもあります。
- 椅子: 座位訓練や、立位訓練で疲れた際にすぐに座れるように、安定した椅子をそばに置いておくと安心です。
- バランスパッド/クッション: 安定した床の上で行う訓練に慣れてきたら、バランスパッドやクッションの上で行うことで、あえて不安定な状況を作り出し、より効果的な訓練が可能です。ただし、転倒リスクが高まるため、十分な安全確保が必要です。
- 杖/歩行器: 訓練中にバランスを崩しそうな際に使用できるよう、近くに置いておくことが推奨されます。
安全のための注意点
- 無理な体勢で行わないでください。痛みやめまいを感じたらすぐに中止します。
- 滑りにくい床や、室内履きを着用して行ってください。
- 体調が優れない時は無理に行わず、休息を優先してください。
- バランス訓練は転倒のリスクを伴います。特に立位訓練や片足立ちは、壁や手すりにつかまれる場所で行う、または介助者に見守ってもらいながら行うようにしてください。
まとめ
脳卒中後遺症によるバランス機能の課題に対し、自宅での継続的なリハビリは非常に有効です。ご紹介したメニューは一例ですが、ご自身の体の状態や目標に合わせて、無理のない範囲で日々の生活に取り入れてみてください。
自宅リハビリはあくまで専門的なリハビリテーションを補完するものです。現在の体の状態や、どの訓練が最適かについては、必ず医師や理学療法士などの専門家にご相談ください。専門家の指導のもと、安全に効果的な自宅リハビリを進めていきましょう。継続は力です。少しずつでも良いので、毎日取り組み、より安定した日常生活を目指してください。