脳卒中後遺症 階段昇降能力向上のための自宅リハビリメニュー
脳卒中後遺症により、日常生活で多くの場面に登場する階段の昇り降りに困難を感じる方は少なくありません。階段昇降は、単に足を動かすだけでなく、バランス能力、筋力、体の協調性、そして判断力など、様々な機能が組み合わさって行われる複雑な動作です。自宅での安全なリハビリを通じて、階段昇降能力の改善を目指すことは、生活範囲の拡大や社会参加にとって非常に重要となります。
この記事では、脳卒中後遺症からの階段昇降能力向上に向けた自宅リハビリについて、基本的な考え方から具体的な練習メニュー、そして安全に取り組むための注意点までを詳しく解説いたします。
脳卒中後遺症による階段昇降の困難さとは
脳卒中の後遺症によって階段昇降が難しくなる主な要因は多岐にわたります。
- 片麻痺: 手足の麻痺により、特に下肢の筋力低下やコントロールが困難になり、段差を乗り越える動作や体重を支えることが難しくなります。共同運動パターンが出現し、意図しない動きになることもあります。
- バランス障害: 麻痺側への荷重が不安定になったり、支持基底面(体を支える面積)が狭くなったりすることで、バランスを崩しやすくなります。
- 感覚障害: 段差の位置や足裏の感覚が分かりにくくなることで、不安定さや転倒リスクが増加します。
- 体幹機能の低下: 体を安定させる体幹の筋力が低下すると、手足を動かす際に体がぐらつきやすくなり、安全な昇降が難しくなります。
- 高次脳機能障害: 注意障害や遂行機能障害などにより、段差の認識や一連の動作手順の計画・実行が困難になる場合があります。
これらの要因が複合的に影響し合い、階段昇降に困難を生じさせます。
自宅で階段昇降リハビリに取り組む上での基本原則
自宅で階段昇降のリハビリを行う際は、安全を最優先することが最も重要です。
- 必ず安全を確保できる環境で行う: 手すりが設置されている階段を選びます。可能であれば、介助者が付き添うか、万が一の際に体を支えられる家具や壁の近くで行います。
- 小さな段差から徐々に進める: いきなり自宅の階段を使うのが難しい場合は、低い段差(厚めの本や、小さな踏み台など)を使って練習を始めます。
- 体調が良い時に行う: 疲労や体調不良を感じる際は無理に行わないでください。
- 痛みを感じたら中止する: 練習中に痛みが生じた場合は、すぐに中止して休憩します。
- 専門家の指導を受ける: 可能な限り、理学療法士などの専門家から、ご自身の状態に合わせた具体的な方法や注意点の指導を受けてから自宅での練習を開始することをお勧めします。
階段昇降能力向上のための自宅練習メニュー
ここでは、段階的な自宅練習メニューの例をご紹介します。ご自身の現在の能力に合わせて、無理のない範囲で取り組みましょう。
基礎練習(実際の階段を使う前に)
1. 椅子からの立ち上がり・座り練習: * 椅子の高さは、足がしっかり床につき、膝が90度程度に曲がるものが適しています。 * 立ち上がる際は、やや前かがみになり、麻痺側にも体重をかけながらゆっくりと立ち上がります。 * 座る際は、お尻が椅子に触れるのを確認しながら、急に力を抜かずにゆっくりと座ります。 * 手すりや机などに手を添えて安全を確保しながら行います。 * 目安: 10回 × 2〜3セット
2. 片足立ち練習: * 壁や手すりの近くで行い、必要に応じてすぐに体を支えられるようにします。 * 非麻痺側、麻痺側それぞれの足で片足立ちを行います。麻痺側での片足立ちは非常に難しいため、最初は数秒でも構いません。 * 徐々に保持時間を延ばせるように練習します。 * 目安: 各足 5秒〜30秒 × 3〜5回
3. 足踏み練習: * 椅子に座った状態または立った状態で行います。 * 立った状態で行う場合は、壁や手すりの近くで行い、バランスを崩さないように注意します。 * 麻痺側の足を、可能な範囲で高く上げ、ゆっくりと下ろすことを繰り返します。 * 目安: 各足 10回 × 2〜3セット
実際の階段を使った練習(低い段差から)
1. 低い段差での昇降練習: * 厚めの本や安定した小さな踏み台(高さ5cm程度から)を用意します。 * 手すりや壁を使って体を支えながら行います。 * 昇り: 非麻痺側の足を段差に乗せ、麻痺側の足を揃える練習。 * 降り: 麻痺側の足を段差の下に下ろし、非麻痺側の足を揃える練習。 * まずは一段での練習から始め、慣れてきたら段数を増やします。 * 目安: 各動作 5〜10回 × 2〜3セット
実際の階段を使った練習(安全な階段で)
自宅の階段、または安全が確保された訓練用の階段で行います。必ず手すりを使用し、可能であれば介助者の見守りの下で行います。
1. 手すりを使った昇降練習(基本): * 階段に正対して立ちます。 * 昇り: 手すりをしっかりと持ち、非麻痺側の足を一段上に乗せます。次に、手すりで体を支えながら、麻痺側の足を非麻痺側の足と同じ段に揃えます(「タッタ」と両足を同じ段に揃える)。これを一段ずつ繰り返します。 * 降り: 手すりをしっかりと持ち、麻痺側の足を一段下に下ろします。次に、手すりで体を支えながら、非麻痺側の足を麻痺側の足と同じ段に揃えます(「タッタ」と両足を同じ段に揃える)。これを一段ずつ繰り返します。 * 目安: 無理のない範囲で数段の昇降を繰り返します。体調に合わせて回数を調整してください。
2. 手すりを使った昇降練習(交互歩行): * 安全が確保され、ある程度能力が向上してきたら、一段ずつ交互に足を出す練習にも挑戦します。 * 昇り: 手すりを持ち、非麻痺側の足を一段上に乗せます。次に、麻痺側の足を次の段に乗せます。これを繰り返します。 * 降り: 手すりを持ち、麻痺側の足を一段下に下ろします。次に、非麻痺側の足を次の段に下ろします。これを繰り返します。 * 交互歩行はバランスや筋力、協調性がより求められるため、安全に十分配慮して行います。介助者との連携が重要です。
階段昇降をサポートする環境調整
自宅の階段での安全性を高めるために、以下のような環境調整も検討しましょう。
- 手すりの設置: しっかりと掴める手すりがあるか確認します。必要であれば増設や補強を行います。両側に手すりがあると、より安全性が高まります。
- 滑り止めの設置: 階段の段鼻(踏み板の先端)に滑り止めテープを貼ると、滑りによる転倒リスクを減らせます。
- 照明の確保: 階段部分が暗いと、段差が見えにくく危険です。十分な明るさを確保しましょう。
- 障害物の除去: 階段やその周辺に荷物などを置かず、安全な通路を確保します。
まとめ
脳卒中後遺症からの階段昇降能力の回復は、自宅での継続的なリハビリによって十分に可能です。ご紹介した基礎練習から始め、段階的に実際の階段を使った練習に進めていくことで、安全かつ効果的に能力向上を目指すことができます。
ただし、リハビリは個々の状態や目標によって最適な方法が異なります。必ず、医師や理学療法士などの専門家と相談しながら、ご自身の状態に合わせたプログラムを作成し、安全に配慮して取り組んでください。自宅での努力が、より豊かな日常生活に繋がることを願っています。